柳のフレック

willow is my friend初夏の風と共に漣立つ湖からなだらかな坂道を、ほんのちょっと登ると、左側に今にも枯れそうな一本のシダレヤナギ。それでも、まだ柔らかな黄緑色の繊細な葉を揺らしながら、じっと湖を見おろして立っている。根元には道路のアスファルトが半分まで食い込んでいた。
それでも、一所懸命に生きようとする生命力の強さに心を打たれる。

「強いのね?頑張ってるのね?」。
ごつごつと節くれ経っている幹を撫ぜながら言ってみた。すると
「いいえ、最初からこうだったわけではありませんよ。」
もの柔らかい心の持ち主なのだろうか。素直に即答があった。その後、続いて柳の彼は自分の辛い過去を話してくれた。それは、幼い頃から抱えた悩みででした。しかも、到底、解決不能に思える問題だったのです。なぜなら、それは「自分が柳である」ということが、許せないほど嫌だったと言うのです。

「そうだったのね。じゃあ、柳と呼ばずに英語のウイローと呼べば、いいわよね?」 こんな、わたしの軽い答えにがっかりしたようすをしたみたいだった。わたしは慌てて神妙な顔を作って、柳の木の話を真剣に聴くことにした。

「いつも僕を眺めた人はこう言うんですよ。『柳!イメージわる~い!幽霊が出そう~』ってね。そうじゃなくとも、『今どき、カッコ悪い木よねぇ。』とね。
ある年の夏の夜などは、この坂道を登ってきた若い浴衣の美女に『うわ~!きもちわるい。ゾーッとするわ、この木!何でここにいるの?誰が植えたのかしらね。湖のイメージも悪くなるわ。切っちゃえばいいのに、こんな気持ちの悪い木!』と、一瞥(いちべつ)された時は危うく枯れそうになりましたよ。」

「そうだったんだ。」
わたしは同情しながら、彼の姿全体をあらためて眺めまわしました。確かに、ガワついた木の肌といい、緑の細い葉といい、姿そのものには爽やかさがないのです。哀れに思い、幹をもう一度、今度はそっと撫ぜてみた。すると柳の木は続けました。

「親切をありがとう。でも、僕は長い間悩み続けてはいたけど、ある強風の時を境に苦悩しなくてもいい秘訣、いわば生きるための知恵に気が付いたのですよ。人間の勝手な意見や見方は変えられない。人間の自由ですからね。だったら自分の思考パターンを変えれば良い、とね。僕は柳!それが曲げようのない真実です。嫌いな人はそれで良し!ってね。快刀乱麻とはいかなかったけれど、少しづつ自分を正直に肯定するようにしてからは自尊心が持てるようになったんですよ。」
凛として語ったのです。さらに、柳の木は続けます。
「常にしなやかに!必要な時は、強靭にです!」。

なるほど、実際、彼はそのようにして生きてきたに違いないのです。『柳に風折れなし』と言われます。湖から吹く冬の北風にも、南の坂道からの真夏の熱風にも、逆らうことなく枝葉を委ねはするけど、焦げ茶色の幹は決して動揺しないように見えます。わたしは、その一言に、とても感動してしまいました。
「わたしのニックネームはポピーと言うの。あなたをフレックと呼ぶことにするわね。フレキシブルのお手本ですものね!」
と、思わず辺り構わず大声で言いました。実は以前から、節くれだった幹ですが、南風に静かに踊る繊細でしなやかな緑の細長い枝葉は「緑の糸車」のようだと、私は散歩のたびに感動していたのです。風にクルクル巻かれては湖面を向き、風が息を潜めると足元を見直している野趣溢れる中に品のよいイメージなのです。

柳のフレックは、たしかに「湖畔の風に遊ぶしなやかな緑の糸車」でした。優しく賢い紳士のような柳のフレックは、わたしの湖畔の友第一号になりました。その後、不思議な体験が続きましたが。友フレックは、いつも変わらずに通りすがりにわたしの送るエールに答えて枝葉を揺らすのです。

そして、翌春、坂道を降りながら、いつもどおりに声をかけました。
「は~い、フレック!芽吹きから新緑になりそうね。」
と、ふと彼のアスファルトの根元を見てびっくりです。何と、フレックの足元にオレンジ色のポピーの小さな小さな蕾が一本、ちょこんといるのです。
「あらっ!これはポピーの花よ。この辺には咲いてないのに、何処から来たのかしら?」
するとフレックは微笑みながら、例の紳士的な話し振りで応じました。
「風に頼んで遠くからポピーの種を届けてもらったのです。ほんの気持ちです!どうぞ、摘んで行って下さい。」
なんと気の利いたプレゼントなのでしょう。でも、摘んでしまうつもりのないわたしでした。
「ありがとうフレック!このポピーの花にはここで育ち種を結んで増えて欲しいと思うわ。このままにして置いていいかしら?」
「もちろん、良いですとも。」
フレックは、若緑色の細い葉の糸車を軽く揺らしたのです。

翌日の朝、花が気になっていたわたしは、フレックのもとへ急いで坂道を下りました。 すると、フレックはというと・・・開いたポピーの花と楽しそうに風に吹かれながら、笑い合っているのです。
「いやあ、本当にそうなんだよ。」
と、細い葉先をクックック!と震わせ打ち解けて笑うフレック。するとポピーの花もオレンジのひらひらを優雅に揺らしながら会話を楽しんでいます。
「そうだったんだ。ありがとう~。助かったわ。」
と、なにやらおもしろそうに笑います。

柳のフレックに愛らしい友達ができたのを見たわたしは嬉しさの余り、空へ向けてガッツポーズをしてしまいました。そして、邪魔しては申し訳ないような空気を感じたので、花と木の二人を遠目に見ながら挨拶だけにすることにしました。
「フレック~!昨日はありがとうね~。オレンジさん!よろしくね~!」。
わたしは、親しみを込めて述べてから右手を軽く振り、我ながらポピーを摘まなくって良かった、と自己満足したのです。そして、急遽、予定を変更して湖へ向かうことにして坂道を下りました。フレックは、お花の友達もできたので、ますます元気で強くなる、と確信しつつ。

柳のフレックが紳士的に語りました。
美しい風景は地球の宝物!あなたも僕も感動しています。
いつまでも壊れない絶景を見ていたいですね。
だから、美しい景色と調和して生きましょうよ。
未来永劫、輝く風景を残しませんか。

(written by 徳川悠未)