渚の月見草

渚の月見草晩夏の午後、賑わう人も居なくなったさみしい海辺を歩いてみました。白い放物線を描きつつ寄せる波も落ち着きを取り戻したようです。
潮風が透き通ってくる夕凪ぎが近づいて、帰ろうとして少し渚から離れて歩いていると・・・ふと、潮の香りに包まれながら育った月見草が、開き始めているのをみつけました。

こんな場所に月見草?汐気が多そうな砂地なのに咲くものなのだ。本当は、オオマツヨイグサという名前らしいのですが「宵待草」(よいまちぐさ)とも呼ばれているのです。「宵を待ち月を見る」のでしょうか?

そっと揺れる黄色い月見草本人に尋ねてみました。
「あなたは、月を見るために夜を待っているの?」
三っつ四っつの花をつけている小首をゆっくり振ります。
『いいえ。』
その時、カモメが頭上を横切りながらからかいました。
『ふふ、僕は知ってるよ。月ではなくて人間を待ってるのさ。』
わたしは、月見草がカモメの言葉を無視するだろうと思いました。ところが、意外にも茎ごとツン!としてカモメを睨みつけたのでした。
どうやら、その話題についてはタブーの様子なので、話題を変えて訊ねなおしてみました。
「潮風の中を栄養も少ない土で、頑張って咲くのは大変ね。そのパワーはどこから来ているのかしら?」

月見草はそっと答えてくれました。
『希望です。』
「そう、どんな希望なのかしら?」
わたしのさらなる質問に、沈黙してしまう月見草。波の子守唄だけが、静けさを優しく補っています。闇が近づいていたので、別れを告げて月見草に背を向けました。
すると、背中から
『あの~!教えてください。明日の朝は、サーフィンが出来るようになりますかしら?』
と、呼び止められたのです。サーファーでもないわたしには、全く分らない質問に面食らいました。振り返ると、心の内を語るつもりの彼女の黄色い数個の花がほの白く輝いています。
『実は・・・波が高くなれば、あの人はサーフボードを片手にして、ここへ来るんです。』
と、恥ずかしそうにしながら話し始めたのです。

昨年の夏の夜明け、その人と初めて会ったそうです。その頃、月見草は潮風に焼けただれて花は焦げ付きそうでした。土表面の砂地の乾燥と塩分が強いため、生きる闘いに疲れ果てていたそうです。半ばあきらめかけて枯れ行こうとしていた、と言うのです。
その時、 一人のサーファーが彼女に向かって、水平線を背にして振り返り、褒めてくれました。
「黄色い花か!可愛いなあ!おれ、黄色い花、好きなんだよな。」

枯死を半ば受け入れていた月見草は『可愛い花!好きな色!』ですって?こんな人がいてくれた。そうなんだ。頑張って生きて、美しい黄色い花を沢山つけなくちゃ!その朝から、そう決意したのだそうです。でも、やはり相当衰弱していたので昨年は数個の花だけ咲かせて枯れてしまったそうです。

そして!来年の夏こそは!と、月見草は、そのサーファーによって希望の力に満たされました。
一年が過ぎようとしていました。カモメくんの話では、その人は真冬を除いて一年中いつでも「良い波」がある日は来るという。
『でも、でも、私は、夏の花。そして宵から早朝までの花。あの人が来るその時に、私が咲いて見せるチャンスは、ほとんどありません。でも、やはり希望は私の生きる力なのです!』。
そう話す月見草の黄色は、灯火のように静かに輝いていました。

わたしは聞き終えた話の内容に返答できませんでした。波の音を聴きながら、空を見上げると、雲に隠れていた月が遥か沖で小さな漣に映っています。それを見たわたしは心が動かされて、とっさに励ましの言葉を思いつきました。
「ほら!雲が切れてきたわ。月が出てきたのよ。明日の朝はきっと晴れるわ。だから、必ず、その人がサーフボードを片手にやってくるに違いないわ。」
そう言って渚を後にしました。

そして、今朝、どんよりした夏の最後のような空模様。あ~!晴天になりますように。浜辺で、咲きながら待ち続ける月見草の希望の力が費えませんように。心ひそかに祈ります。それから、天気予報は?急いで予報に耳を傍立てます。ラジオの中の予報士が言いました。
『今日は、快晴でしょう~!』

まあ~!「良い波」でありますように!
潮風の中を、渚でじっと耐えて咲いている月見草が満開になる歓喜の瞬間がもうすぐです。からかいカモメの声など耳に入らないことでしょう。月見草の黄色い花が好きだ!とつぶやいて、希望を与えたそのサーファーは、やって来るでしょう。サーフボードを片手に月見草の待つあの海へ!

月見草が優しく述べました。
海、渚は私たちの宝ね!命を守っている。
美しい海は私たちをも健やかにする。
だから、海を大切にして感謝したいわね。
地上にいる私たちが自然から代償を求められる前に!

(written by 徳川悠未)